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2014.02.07 Friday

雪の陽光とウィンドウペーン・チェック・スーツ

 
暦のうえでは立春。
しかし北海道のながい冬は、これから佳境。
連日、しばれるねエ〜

歳かさねるごとに寒さが堪える一方、
厳しさゆえの手触りを、
歳かさねるごとに感受できるような気がします。




【Washington Square Park - New York】1900
作 Paul Cornoyer (1870-1938)

好きな絵の一枚
北国に生まれ育ったせいか、
よその国の冬景色にも興味を惹かれます。
それも各地から移り住んできた土地柄を想像すると、なおさら。
先住民がいて新住民がきて、
伝来があって新たな規範がうまれて。

自らには由緒などありませんが、
そうした属性を踏まえてこそ、
北海道にノーザンテイラー在り。
進取の気象に富むスタイルをかたちづくります。




【Greyish Blue- Windowpane Check Suit 】
ノーザンテイラーから旬をお届け
2014年の初先発はスーツで臨みましょう。
冬景色に親しむ一着。




ひと口にスーツと言っても、
ビシッとキメるだけではありません。
誂え服で仁王立ち、
それも男の晴れ姿ではありますが、
スーツは元来、乗馬服から発展したといわれる
動いてナンボのスポーツウェア。
のびのびと活動的に
格子柄の閾(いき)にのっとった
スポーツライクなスタイルが伝わればと。




冬の散歩
中島公園の豊平(ほうへい)館
ススキノから20分ほどで、ちょっとしたロマン紀行。
この建築物は1880年、明治13年に官営のホテルとして建築。
もとは大通り、現在の市民会館付近に在りました。
1958年に中島公園に移築。

施設の老朽化にともない、1982年から復元工事が始まります。
そこで驚くべき事実が判明。
百年余りの間、何度も塗りなおされた木造の外壁を調べると、
塗料の色層は、その数全22種。
では一体、建設当時の外壁は何色だったのか??
分子化学の専門家も加わり、顔料の元素を分析した結果、
突き止めたのです。
原点の色
二十一世紀によみがえりました。
【白群青】
北国の空気をイメージしたものか。
今以上に、この種の顔料は大変貴重だったはず。
何を想い、そこに託したのでしょう、
明治人のセンスと気概に感服。




公園内の菖蒲(しょうぶ)池
結氷すると、かつては自由に遊ぶこともできたのですね。
子供たち
放課後は天然のスケートリンクで社交デビュー。
おまえ、どこ小よ!?
あったあった〜笑




現在の菖蒲池にて
夏はこんな感じです。
池のほとりを散歩するひと、ベンチで読書するひと、
そしてボートに乗ったカップル、
それぞれで絵のなかの点になれる
四季の額縁。




冬の散歩
氷点下には、気合いが肝心。
身体か温まるまで、とにかく動きます。
自然と声が出ますね。
オレってサイコ〜〜!!
まあ熱しやすいこと。




今回のスーツに用いた生地は、
当店の反物コレクションから
英国の織元
Schofield & Smith
北国のピュアスノーには、
ピュアウールの風合いと温もりを。




ベストのデザインバランス
こんな具合です。
Vゾーンまわりやボタンの配置数などは、お好みで。
なかにはジャケットをシングル
ベストをダブルブレステッドにする様式も。
逆もありです。




シャツ生地は
Brushed-Twill Diagonal
綾織の一種、
畝状の斜線、微妙な毛羽立ちが特徴。
では窓の向こう、
内に外に白銀のキャンバスを
跳ねまわりましょうか。




【Shall We Dance】1937
邦題はずばり【踊らん哉(かな)】
いいとも〜〜!!
不世出のエンターテイナー
フレッド・アステアについては、
これまでも度々ご紹介しておりますが、
彼の魅力を語る場合、
肝に銘じることがあります。

着こなしや、服の仕立てを語る以前に、
彼はパフォーマー。
その表現力を抜きに個性は語れません。

アステア作品のなかでも、私が心惹かれるものは、
彼が三十代の作品群。
舞台から映画界へ転身した、
新時代の黎明期。




成功への道のりには、
二人三脚のパートナーがいました。
女優ジンジャー・ロジャース
おてんば娘とひょうきんなアステア
ながきにわたり、おかしなふたり。
やることは斬新かつ洗練。




流れる音楽は、
コール・ポーター
アーヴィン・バーリン
音楽家たちにとっても、映画製作は飛躍のチャンス。
アステア映画からは、後のスタンダードナンバーが数々誕生しました。
【踊らん哉】では、ガーシュウィン兄弟が音楽担当。
こちらのダンス・They all laughed
〜突飛なことをすれば笑いものになるって
笑わせておけばいいのよ
発明家や冒険家
成功するまでがんばるからこそ
さあ
最後に笑うのはどちらかしら
芋虫が蝶へと
なせば成るものよ〜




歌って踊って
励まして
三位一体の大衆芸術
ここに在りです。
彼らは競技会のアスリートではありません。
パフォーマーとして親しまれ、
今日まで語り継がれています。




アメリカ中部のネブラスカ州、オマハ出身
最初のダンスパートナーは実の姉、アデール。
家族の支えもあり、
姉弟はニューヨークへ渡りますが、
まったく無名の存在。
〜なにを踊っても相手にされなかったり、
ときには本番で犬の芸と差し替えられたり。
それでも前進させつづけたものは、次こそは必ずという意志だ〜




〜わたしのやってきたことにはバレエの影響があるが、
決してそれが本分ではない。
子供の頃にトレーニングをかじったことがあるが、
ルールを強制されるのは懲り懲りだ。
以来、ダンスは自己流でやってきた。
それはある種のアウトロー・スタイルと呼ぶべきものかな〜











〜がっかりさせるのはどうかとおもうが、
わたしがどんな種類の人間であるかについて、
誤解があるのは確かだね〜




〜じつのところ、
燕尾服やタキシードを着て行かなければいけないパーティーが、
大の苦手なんだ〜




【Winter, Washington Square Park 】1912
作 William Glackens (1870-1938)
冬の風景画、もうひとつのお気に入り作品。
この色彩感覚と市民感覚、胸が躍りませんか。
フィルムも印刷物も、まだカラーが発明される以前のこと。














〜わたしは大衆芸術のパフォーマーとして、
バランスと優雅さの基本原理を保ちたいと思っているが、
そこには制約があってはならないんだ〜




〜何かを作るとき、芸術性とは自然に生じるものだと思う。
こういった仕事には人の心をつかみ、
人をとりこにする力がある。
大いなる謎を持った仕事だよ〜




【踊らん哉】当時のアステアは三十八歳。
奇しくも、今の自分と同年齢でした。
私は芸術家でもなければ役者でもなく、ただの自営業者。
しかし、
ものづくりの一表現者として、
彼から励まされることがあります。
アステアが自伝を発表したのは六十歳。
将来自分が還暦を迎えたとき、
で、おまえとパートナーはどうよ??
そう問いかけてもらえたら本望かと。


札幌元町 ノーザンテイラー
http://northern-tailor.jp/

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