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2012.06.01 Friday

東区元町について


6月になりましたね。
札幌ではライラック祭りの季節。
街を歩くと、白や薄紫色の街路樹が目に入ります。
北海道には【リラ冷え】という風流な季語がありますが、
朝晩はまだまだ、
コートが手放せません。




ノーザンテイラーの開業も近づいてきました。
これから少しずつ、周辺情報をブログで発信していきます。

札幌元町、
ここを開業の地に決めて移り住み、ちょうど1年。
札幌じゅうを歩きまわり、
立地条件、土地の気風に、
ここだ!
とピンときました。

中心部から近いのにもかかわらず、広々としているところが、
やはり北海道らしくて落ちつきます。
ハイ、
あずましいねえ〜(北海道弁)

東区というと、
皆さんはどのようなイメージがありますか?
サッポロビール園、モエレ沼公園、そして丘珠空港・・・
私は西区出身ですが、小学生の頃社会見学で、
東区郊外の玉ねぎ農家を訪ねたことがありました。
おみやげに、たくさんいただきました。
そのせいか、いまだに玉ねぎとセットで親しみをおぼえます。




そこで東区の歴史を調べてみると・・・
1886年(慶応2年)、
箱館奉行の命を受けた大友亀太郎(小田原出身)ら一行が、
現在の北7条東16丁目あたりで開拓に着手。
土地を掘りきり、水路を整備。
その上流が現在の創成川として今も残っています。

開墾後、
蝦夷先住民の人との交易の場として栄えました。
当時は札幌元村といい、のちに札幌新町と合併。
これが元町となったとおもわれます。

明治初期には、本州各地から移民団が相次いで入植。
至る所にクマシカ出没する原生林
開拓には大変な苦労が伴ったそうです。
先人らの努力のおかげで、雑穀から果樹栽培へと豊かな土地が広がりました。

そこへ、
札幌農学校(北海道大学の前身)へ赴任してきた、ウィリアムPブルックス教授が、
故郷マサチューセッツ州の玉ねぎを持ち込み、栽培が始まります。
肥沃で風がつよく、乾燥しやすい気候が、玉ねぎ栽培に適し、
やがて独自の品種【札幌黄】が生まれました。




このほかにも、北海道民の歴史と密接な縁がありました。
元町は、民放ラジオ放送発信の地だったのですね・・・
街を歩くと、なかなか興味深く、心くすぐられる発見も。

昭和に入り、元町は札幌市に併合され、東区の一部となりました。
以後年々都市化が進み、地下鉄東豊線が開業。
現在は北区に次ぎ、札幌市で二番目の人口を擁します。

玉ねぎ畑は消えてしまいましたが、
どさんこ、札幌っ子として、空と大地に広がる
そうした開拓の原風景や息吹を、これからも大切にしていきたいです。







札幌元町 ノーザンテイラー
http://northern-tailor.jp/

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